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坂本龍馬と佐柳高次

1月21日(木)

昨年末、佐柳島の役場から私にTELがあった。
多度津資料館からの問い合わせの為である。
たどれば、NHK長崎からの問い合わせである。

「なんやろ?」お話を聞いてみると、
私がお借りしている佐柳島の借家「滑稽庵」の
家主さんと連絡をとりたい・・とのこと。
長崎にあった「亀山社中」を調べているらしい?

滑稽庵blog
滑稽庵(高次が生まれ育った)

坂本龍馬の海援隊メンバーに佐柳高次(治)(さなぎたかじ)がいる。
佐柳高次は天保6年9月28日生まれで、本名 前田常三郎という。
(関係ないが、ヤツも同じ誕生日である。)
18歳で江戸に出、浦田軍次郎と名乗った。
勝海舟の補佐役として、威臨丸でアメリカへ行く。

その後、勝を通じて龍馬と知り合い、親しくなる。
屈強な体躯と並外れた操船技に龍馬は惚れ込んだようだ。
江戸や上方にも仕事があったのに、龍馬の海援隊に加わったのは、
相当、龍馬に惚れ込んでいたと思われる。
「龍馬をひどく尊敬していた」という伝承が前田家に残っている。
佐柳島の高次だから「佐柳高次」と龍馬が名付けたとのこと。

高次が生まれ育った家が、私の借家「滑稽庵」なのである。

家主さん(高次の子孫)にTELすると「そうなんです」
「龍馬さんは、佐柳島には来ていませんが・・・」
「昔 一般の人が、よく見学に来ていましたヨ」と、
あっさり答えてくれた。

今の家は、その後建替えたので、当時の面影はない。
でも、龍馬と幕末を共に駆け抜けた男の出身の場所が
ここだったとは・・・!

龍馬ファンとして嬉しくなって、身震いした。
赤い糸で龍馬と繋がっているような錯覚さえ覚えた。

龍馬と高次のことは、まだまだある。
「アメリカから持ち帰った皿とグラスのこと」
「いろは丸事件」「龍馬暗殺の通報」
そして、「佐柳に帰ってからのこと」

随時、BLOGに記していこうと考えている。

夕陽blog
高次も見たであろう佐柳島の夕景
1月19日 PM5:20撮影

後記

※ 兄のBLOGに「龍馬伝」のことが載っていたので、
  多度津陣屋のことが載っていたので、
  佐柳の高次のことを記してみた。

※ 「滑稽庵」のことはエッセイ集「滑稽倶楽部」に記してある。
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No title

おもしろい情報だね。
興味深く読みました。
ちょっと調べてみたところ、同じ佐島出身で咸臨丸に乗船したのは他に富蔵という人もいたそうです。
彼はサンフランシスコで病没し、今は佐柳島乗蓮寺の墓で佐柳高次の墓と並ぶようにして眠っているそうです。
また佐柳高次を描いた「海援隊烈風録」(著者:二宮隆雄)という小説が角川書店から出ています。
海援隊で活躍後は函舘戦争にも参加しているようです。
ひょっとすると「龍馬伝」にも登場してくるかもしれませんね。
以上参考までに。

No title

パソコンの調子がおかしくて・・・・・
やっと直しに行きました。
ますます滑稽庵に行きたくなりました!

No title

こんにちは!佐柳の子孫です。私は愛知県に住んでおりますが、
小さい頃から祖父母から佐柳の事は聞いておりました。舶来品も覚えています。記事を見て、嬉しい限りです。ありがとうございます!
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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