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まんぼう亭

1月28日(木)

親友が亡くなる前後から文章が書けなくなった。
ふざけた文章ばっかりだったので、なお更 書けなくなった。
よってブログの更新も 間隔が空いている。



あいつの葬儀式場で、お会いした女将さんがいた。
東京の1級建築士 原敏君から紹介された。
ごく短い時間だった。

あいつが、しょっちゅう行っていた 土佐料理の居酒屋で、高松の店だ。
「まんぼう亭」と言う。

マンボウ・・・ゆったりと、のんびり 慌てず 騒がず マイペースで動く
そんなイメージがある。
意見が違っても、相手を認め 敬意を表する・・・
相手の領域を侵さない そんな感じさえする。
あいつの好きだった言葉 「悠々自適」 を彷彿させる。


高校時代 北杜夫著 「どくとるマンボウ」 シリーズに、はまった時期があった。
著者が、旧制 松本高校時代のバンカラ騒動を描いた青春記だ。
バンカラに憧れた私は、旧制四高へ行き、あいつは六高へ行った。



その日、高松で組合の新春理事会があり、懇親会もあった。
終わったのは、結構 はやい時間だったので、
あいつを慕って 「まんぼう亭」へタクシーで向かった。
香川県庁の南東角に、その店はあった。

店を覗くと、女将さん 「お帰りなさい」
私 「初めて来たんですけど・・・」
女将さん 「いや どっかで お会いした 」
あいつの葬儀式場で会ってはいる。

「こうこうこうで、この店に来ました」
「今夜 宴会で 呑み喰いしてますので 売り上げには貢献できません」
それでも 女将さん 喜んでくれた。
快く受け入れてくれた。

右側にカウンターがあり、左側は、特大テーブルがある。
2階は宴会場になっているようだ。

まんぼう亭blog
まんぼう亭 カウンター

あいつの行きつけの店で、アットホームな雰囲気だ。
女将さんと、あいつの話で盛り上がった。
私が座った席が、あいつの指定席だったようだ。

東京の原敏君は、何度かあいつと来たみたい。
俺は誘ってくれなかった。
「くやしいーい!」

そうこうするうちに、若い常連さんが来た。
これまた あいつの話が続いた。

ここで、あいつは、浮世のウサをはらし、楽しく呑(や)っていたんだなあー。
まんぼう亭で、楽しい仲間たちと騒いでは呑んでいたんだなあー。
結構 長い時間 居座った。

話は尽きないが、
「また 来ます」と挨拶をして、まんぼう亭を後にした。

天中では、オリオンが淋しげな光を放っていた・・・

最期に1句
 ※ 友よ なお   あっちに逝っても   呑め! 喰え! ヨ  
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友を語る夜

1月19日(火)

友の葬儀が終わったその夕べ、同級生たちで集まることにした。
亀ちゃんの提案だ。

東京から飛んで来た1級建築士の原敏君は、
仕事の都合で、午後の飛行機で、羽田へ、トンボ帰りした。

大阪の濱田教授 「帰るワ」と言った。
私 「ほーか 帰るんか!?」
しばらく時間おいて、
濱田 「ちょっとだけ 顔 出すワ」
私 「君が来ると あいつも 喜ぶワ!」 



場所は、「あいつとおれ」が、よく行った丸亀の ”じゃこ家” だ。
あいつも馴染みになり、好きで、一人で立ち寄ることもあった店だ。

夕刻 5時 長い長ーい 時間つぶしをした濱田教授が来た。
カジ ハヤシ ヒラノ ヤンさん 各夫婦と 亀ちゃん 私 合わせて 合計11名。
誰かが言った 「さわやかイレブンね」
そーじゃない。
「たそがれ イレブン」だ。

あいつの生前の ”あれこれ” を話題の中心にした。
様々なエピソードが飛びだした。
あいつの想い出話に盛り上がった。
あいつが好きだった ”あなご”があった。

8時過ぎ、濱田教授も大阪へ帰らなければいけない。
タイムリミットだ。
みんなで、見送るため、JR丸亀駅へ歩いた。

2次会 「モダンタイムス」への道でもある。
あいつと何度も行ったショットバーだ。

私  「濱田あー ありがとノー」
   「あいつも 君が居てくれて 喜ろこんどるやろ と 思うゾ」
   「ほーか 帰るんかー!?」
濱田 「ちょっと待って」 と 駅前ホテルに走った。
    「OKや! 部屋 とれた」

アルファ1blog
ホテルα1 丸亀

帰路を延ばし、あいつと、俺達に とことん 付き合ってくれるのだ。
嬉しい!
大阪大学・大学院と理研センター長を兼務し、
忙しいのに申し訳ない。
いやあー 濱田あー ええー 男や!

モダンタイムスで、 「たそがれイレブン」達が、
再度 あいつの話で延々 盛り上がった。
久しぶりに”いい酒”だ。
久しぶりに”いい会話”だ。

供養になるか? ならないか? 判らないが、
あいつが俺たちを集めたのだ。

静かに丸亀の夜は、更けて行った。

あいつが居たら 「さわやか 12」 になったのに・・・

友を送る詩

1月17日(日)

高校3年生からの友が逝った。

     ” この文章(詩)のBGMは、ショパンのピアノ曲「♪ 別れの曲」が
     静かに流れている ”

彼は、陸上の中距離アスリートだった。
47年前 受験時代の夏休み 毎日 朝から晩まで一緒だった。
ソフトボール 卓球をし、駄弁っては、昼飯を喰らい騒いだ。

その成果あってか? 校内スポーツ大会(津島杯) 卓球部門で、
団体優勝をした。

受験のフラストレーションを紛らすため、
パチンコ行脚で、岡山まで行ったことがあった。
もちろん 法律違反 校則違反だ。


彼は、旧制六高(岡山) 私は四高(金沢)へ進んだ。
(ろくさん だったらカブだが、ろくよん の ブタだ)
私は中退だが、彼はちゃんと卒業し、大手企業へ就職した。
そして、40年間 全国各地を転勤し、勤めあげた。

凄いのは、60歳になって、母校・岡山大学・大学院へ再入学したことだ。
身分は学生証を持った「学生」になった。
そして、博士論文を書き、「博士」になった。

その論文をいち早く持って来てくれた。
お祝いに二人で祝杯をあげた。

博士論文blog
博士論文
未利用資源のコンクリート材料への
活用に関する研究


一緒に遊び、呑み、騒いだ。

私が40歳で立ち上げた おっさんバスケットボールクラブ 「アゲイン」にも参加してくれた。
バスケは、経験のない素人だったが、持ち前の身体能力で、
強力なリバウンドキャッチャーとしてプレイした。

たまに放ったボールがリングに吸いこまれ、得点したこともあった。
あの時の喜び様は、ひとしおだった。
バスケ シニアー全国大会で、山形にも一緒に行った。
俺に付き合ってくれたのだ。

旅も同行した。
山陰 鹿児島 信州 倉敷 etc。
瀬戸内国際芸術祭の時は、高見島で泊まった。
濱田君の慶応医学賞受賞式にも一緒に東京まで行った。

高松 坂出 丸亀 多度津で呑んだ。
洒落た店でなく、私と同じで、大衆食堂ファンでもあった。

あいつは、「約束を破った」ことがない。
必ず時間通りに現れた。
完璧に 「走れメロス」だった。

更に、漫才の相方で、彼のボケに私がツッコみ、
私のボケに彼がツッコンできた。
さほど面白くもない 「おっさんギャグ」を連発した。

映画 芸能 芸術にも詳しく、よく映画談議をした。
小津 黒澤 山田監督の作品談義もした。

文学にも詳しく、
私が西行法師の 「願わくは 花の下にて 春死なん」 と言えば、
彼が 「その如月の 望月の頃」と 応えてくれた。


昨年 春から入退院を繰り返し、帰らぬ人となった。
逝く 前々日 病床で、かすかに差し出した彼の手を握りしめ、
最期の会話をした。

「お前と出会えて よかった」
「いい 想い出 ありがとノー」

声が出ない彼が、少し微笑んだ様に見えた。
声が出ない彼が、唇を動かした。
かすかな声と、唇の動きで、
「あ・り・が・と」が判った。
何も言えず、ただ涙が溢れるばかりだ。

そして、昨日 葬儀があった。
明るいあいつの性格のような、真冬の蒼空だった。

さらば さらば わが友よ さらば・・・

南組同窓会 送迎

1月9日(土)

がらくた・骨董「滑稽堂」での2次会も終わり、
それぞれが家路についた。

送迎は、それぞれのご主人が担当したり、
奥さんだったり、
自身でJRを使ったり、
呑まない人は、自分の車だったり、
様々だった。

電気を消し、鍵をし、滑稽堂の前で待つことしばし。
旧姓 瀬尾さんのご主人 森安さんが、奥さんを迎えに来た。
ご主人は、私の兄の同級生である。
車はノアかな? エスティマかな?
とにかく白いバンタイプの高級車だ。

ノア車blog
ノア (こんな感じの車だった) 

「すいません 同乗させてください」と、
丸亀駅前までお願いした。
東京からの益田くんと一緒にだ。

わざわざ 東京から帰省してくれた益田くんと、
このまま別れるのは、後悔する。
ガキの時 仲良く遊んだ彼と、もっと呑み交わしたい。
もっと話し込みたい。

丸亀駅前で降りる際、後部のスライドドアーが自動でゆっくり動く。
まるで、タクシーだ。

私  「運転手さん タクシー代 いくらですか?」
森安さん 「つけときます」
洒落た返事が返って来た。
私 「請求書 まわしてください」

お礼を言って、ショットバー「モダンタイムス」へ歩いた。

南組同窓会 2次会

1月6日(水)

5時からスタートした同窓会は、
8時半 2次会会場 わが がらくた・骨董 「滑稽堂」へ移動した。

年末 多忙だったので、滅多に行っていないが、
この日の為に 正月から、清掃 整理 整頓? した。
雑巾がけもした。
私にとっては、前代未聞の作業だ。

滑稽堂・・・雑多な店なので、雑然としている。
結構 広いのだが、がらくたが多いので、相当狭くなっている。
何とか16人 全員が腰かけることが出来た。

この日 近くのスーパー”ピカソ”で、
酒類 飲み物類 おつまみ 甘いもの 買い込んでいた。
「足らんかったら いかん」ので、よーけ買うた。

冷蔵庫 電子レンジを用意した。
あらかじめ 冷蔵庫で冷やした。

「寒むかったら いかん」ので、電気ストーブを2台用意し、
ブレーカ 「飛んだら いかん」ので、電気配線工事もした。

エアコンの入りタイマーをセットし、
来た時にはある程度部屋が温もっているようにした。
それなりの気遣いをした。

南組滑稽堂blog
がらくた・骨董 「滑稽堂」で

8時半~ 昔話に再度 花が咲いた。
カラオケがあったらもっと盛り上がったかもしれないが、
滑稽堂にはない。
レコードしかない。

私のリクエストで、多度津の歌姫 有田さんが、シューベルトをアカペラで唄った。
さすが巧い。

1人去り、2人帰り、いい時間になったので、〆た。
3年後の春 再会を約束し、それぞれの帰り路についた。

最後に1句
 ※ 3年後  花咲く頃まで  さらば友
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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