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大きな古時計

11月29日(日)

およそ1年前 高校時代の同級生 野村君から依頼があった。
隣町 善通寺 旧家の柱時計修理だった。
このことは、1月6日のブログに記した。

直してから、ズウッーとわが家の倉庫で動かしていた。
1週間に1度 ネジを巻き、動かしていた。
これほどの柱時計 そーあるもんじゃない。
”家宝”にすべき逸品である。

彼は1級建築設計士で、彼が設計した家が竣工した。
昨日 その家の玄関に飾るべく柱時計を持って行ったのだ。
野村君 瀬戸内国際芸術祭 高見島 「海のテラス」も主宰している。

柱時計1blog
私が勝手に 「アカンサス模様」と名付けている
真っ白な壁に吊ると
新と旧のいわれのないバランスが生まれた
H= 1160mm

私は、電気屋をやっているが、柱時計も少しは直すことが出来る。
古い物を大事にする気持ちは、大切だ。
この柱時計を、家のシンボルにしたご夫婦に喝采だ。

.
♪ おおきなのっぽの古時計
おじいさんの時計ー
百年 いつも動いていた ♪

有名な歌である。

柱時計2blog
振り子を調整する野村君
スポットライトが当たるように照明器具を設置してある

歌のエンディングは、
♪ いまは もうー動かないー  その時ー計ー ♪
だが、

動くようにしたゾ。
そして、音も鳴るようにしたゾ・・・
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映画 「愛を積むひと」

11月26日(木)

劇場公開最終日 観に行った。

愛を積むひとblog

佐藤浩市と樋口可南子の夫婦が、北海道で第二の人生を過ごそうとする。
そのドラマである。

樋口可南子が綺麗。
ファンである。

ロケ地の美瑛が美しい。
10年前 行ったことがある。

ロケ地の東京大田区の町工場 昨年 行った。
ロケ地の蒲田 飲食街 同じく 行った。
高校時代の同級生 眼科医 浜畑君に案内してもろた。

劇中 佐藤浩市が文庫本を読んでいる。
池波正太郎 「剣客商売」だ。
勝手に慕っている わが師の作品だ。

劇中 ナット・キング・コールのレコードをかける。
テクニクスのコンポーネント アンプだ。
私のと同じタイプだ。

監督 脚本は、”釣りバカ日誌”の朝原雄三氏。
高松高校出身 香川県人だ。

脇役の 柄本明がいい。
若手の脇役陣は知らない俳優さんばかりだが、それなりにいい。
ワンシーンも長くて、
穏やかな映像が続いた。

樋口可南子と美瑛の美しさが光った映画だった。


この日の劇場は、私ひとりだったのだが、
あとから もう一人 最後列に入って来た。 
なかなか 全く一人だけの時はないようだ。

瀬戸ノ富士

11月24日(火)

多度津商工会議所の会報 片隅に
エッセイを連載している。
11月号だ。
会報には写真がないが、ブログには写真を添えた。




瀬戸ノ富士

多度津沖 フェリー・新なぎさ丸で、30分の高見島を眺めると、富士山のように見える。
丸亀市の飯野山は「讃岐富士」と呼ばれている。
全国各地に、○○富士と呼ばれる山は、たくさんある。
高見島を「瀬戸ノ富士」と命名した。発案は息子の友人・細川君である。

とある雑談の中で、彼が言った一言で「瀬戸ノ富士」に決まった・・・とは言っても、
勝手に、二人だけで、洒落感覚で、決定しただけである。

どの方向から見ても、裾野が広い富士の形をしている。
しかも、水に浮かんでいる。
本物よりも全体像がいい。
標高は低いが、冠雪もないが、「富士」と呼ぶにピッタリだ。

高見島blog
多度津沖 高見島
命名 瀬戸ノ富士・・・相撲とりみたいな名前かな?

高見島の山を龍王山と言う。
瀬戸ノ富士と合わせ、3つの呼び方ができる。
自然豊富で、人情深く、第一 お魚が美味しい。
いい島だ。瀬戸内国際芸術祭もやっている。

多度津からのビューポイントは、海辺だったら何処でも綺麗に見える。
中でも北山から海岸寺への坂道頂上付近(細川君の事務所あたり)がいい。
秋晴れの日 赤い夕陽が沈む頃が最高かな?

最後に1句
※ 空と海  夕陽に映える  瀬戸ノ富士

♪ 芝生にねころんで 「後編」

11月19日(木)

昭和42年 「♪ 芝生にねころんで」 を引っ提げて、島君と嶋田君は、
東京のNHKへと旅立った。

以下 50年前の記憶なので、定かではない。
でも、嘘でもなければ、作り話でもない。

日曜日の朝 あなたのメロディー は放送された。
当時なので録画でなく、生放送だったろう。

学生服の詰襟制服姿で登場した二人は、
当然 緊張気味だった。

これも定かでないが、シャンソン歌手 芦野宏さんが、この曲を唄ったと思う。
審査委員には、歌のおばさん 安西愛子さんがいた。
審査委員長の高木東六さんが、「さわやかな いい曲ですネ」と、絶賛した。
褒めすぎじゃないか?と思うくらい絶賛した。

ビデオのない時代だ。
私はTVの前にくぎ付けになり、見た。
白黒放送だったかもしれない。

すごいのは、そのまま終わったのでなく、
レコード化されたことである。

嶋田治久平君の後日談によると、
菅原洋一さんのLPの中に入る。
そして、「印税」が高校生の彼に入ったそうな。

今でも彼の手元にこのレコードがある。

10日前、ユーチューブでこの曲を発見した。
「あなたのメロディー 芝生にねころんで」で検索すると登場する。
嶋田君が、アップしたようだ。

芝生にblog
ユーチューブ画面

ギター伴奏で、菅原洋一さんの若き歌声が素晴らしい。
女性のバックコーラスも素敵だ。
何と言っても、曲が爽やかで、青春の匂いがする。

私が発見した時 視聴回数 63回だったが、
5~6回 アクセスしたので、今日の時点で 71回 になっている。

この欄に、以下のような 嶋田君のコメントがあった。

2014/02/18 に公開
1967年 丸亀高校の2年1組の同級生二人が高校の芝生で曲作り。
島 春男作詞 嶋田治久平作曲。
NHKの「あなたのメロディー」 入賞曲。初めて東京のNHKに行きました


♪ 芝生にねころんで 聞きながら
50年前にタイムスリップしてしまった。
島君 嶋田君 ありがとう!

いやあー いい曲である。
いい 高校時代だったなあー。

♪ 芝生にねころんで 「前篇」

11月18日(水)

先般 丸高同窓会で、嶋田治久平君と出会った。
私 「ちくへい 久しぶりやのー 元気やったんか?」
彼 「なんとか やっとるでー」
2次会 3次会でも、昔話に花が咲いた。

彼はバスケットボール部で一緒だった。
1年生の夏合宿の時、
みんな布団とか着替えとか日用品を持参したのだが、
彼は、ギター片手にやって来た。
ギターのみでの参加だった。

いやしくも、バスケットボールの強化合宿だのに・・・
修学旅行 遠足 文化祭 体育祭 の ノリ だったのだ。
彼らしい ”いいキャラクター” だった。
夜になれば、彼のギターでフォークソングを唄ったものだ。

嶋田blog
嶋田君 50年たった今も ギターを弾いているようだ
彼のFBより写真借用

加山雄三 「♪ 恋は紅いバラ」「♪ 夜空の星」
「♪ 夜空を仰いで」 そして「♪ 君といつまでも」
若大将がブレイクした時期だった。

今でも、ザ・サベージの「♪ いつまでも いつまでも」を聞くと、
あの時の あの合宿を思い出す。

高校2年になった春だったかな?
体育館前の芝生で、島君と嶋田君と私が、横たわってたむろしていた。
「バスケの練習しとーないノー」とか
「サボるか?」とか
「将来 お前 どーする?」とか
駄弁っている時だった。

その後、島君が作詞して、
治久平が曲を付けた。
そして、NHK 日曜日 朝の番組 「あなたのメロディー」に応募した。
見事 当選し、二人は、東京のNHKスタジオに行くことになる。

あの時 丸高の芝生には、私も居て、この曲の「いいだしっぺ」だったかもしれない。
この曲のプロデューサー もしくは ディレクターだったかもしれない。

でも、NHKへは二人だけで行った。
何だか「取り残された」淋しい気分になった。

でも、記念すべき 前代未聞の番組出演になったのだ。

この後の話は、次回の「後編」に続く。
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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