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俊介の墓参り

8月30日(日)

甥っ子の俊介が帰省した。
祖父 祖母の墓参りがメインの目的だったようだ。
1週間前の日曜日だった。

翌日 お墓に行くと、720mlの瓶と、180mlのワンカップが供えてあった。
銘柄は親父が好んでいた 「梅錦」だ。
伊予 川之江の日本酒だ。
どちらも 中身はない。
空瓶だ。

俊介墓参りblog

お墓にかけたに違いないことは、すぐ判った。
「じいちゃん 酒 呑んでヨ」 との想いだっただろう。

想像するに、
結婚するか? しないか? は聞いていないが、
フィアンセの早苗ちゃんとの結婚を報告に来たのかもしれない?。

俺もいい歳だが、
彼もいい年だ?
そろそろ家庭を築いてもいい頃だ。

そうそう 6年前、
俊介が、親父の墓参りに来て、
お墓に 「梅錦」 の1升瓶を供えてあったことがあった。

心優しい 甥っ子である。

最後に1句
 ※ 墓に酒  暑さ和らぐ  甥が来る


本日は雨模様。
屋内作業なので、雨でも出来る。
工場作業に出掛けることにしよー。
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俊介の帰省

8月27日(木)

甥っ子の俊介が帰省した。
妹の長男で、私の娘と同い歳だ。
1週間違いの誕生だった。

羽田から高知 龍馬空港に飛び、
レンタカーで高知~宇和島~松山~多度津を走った模様。

日曜日だったので、私は仕事 ヤツはお琴 息子はイベントだったので、
時間がなくて、昼餉(うどん)を一緒しただけだった。

フィアンセの早苗ちゃんを紹介された。
ゲラゲラ笑う 明るくて感じのいい娘さんだった。

その後 わが がらくた・骨董「滑稽堂」へ案内し、
名刺代わりに エッセイ集「滑稽倶楽部」を早苗ちゃんにプレゼントした。

俊介早苗blog
滑稽堂前にて
軒先に 「ナショナル電球」 のブリキ看板
俊介   「滑稽倶楽部」を手に 早苗ちゃん

ゆっくり来れば、夕食でも共にしたかったが、
駿風の如く 駆けていってしまった。

「また 来いノ」
「たまに会わんかったら 縁が薄ーうなるキン の」

「おっちゃん ありがと」
若い二人が去って行った。

私は、日曜作業の現場に戻った。

最後に1句
 ※ 滑稽堂  若い二人が  祖父感じ
  

夏休み・45年前

8月23日(日)

世の中の夏休みが終わろうとしている。
学生時代の夏休みは楽しかった。
その後 私の辞書には、「夏休み」という言葉は載っていない。

今日は日曜日だが、工場作業で、今から出掛ける。
ほんま 「月月火水木金金」だ。

高校3年生の夏休みのことだ。
46年前かな 47年前かな。

毎日 毎日 ”受験勉強”と称し、学校へ通った。
お休みなのに学校へ通った。
教室の前の廊下に自分の机と椅子を引っ張り出し、勉強をしようーとした。
このことは、丸高の伝統かもしれない?

勉強 少しはしたかな?
いや しなかったかな?
昼餉は学校近くの”天満屋食堂”で喰らった。

岡山大学JP博士 東京のT君 H君 K君 C君 慶応医学賞の濱田君
その他にも かなり居たと思う。

丸高校章
丸高校章 (HPより借用)
丸に亀 デザイン
何んで 回るんやろ?

ところが、受験勉強そっちのけで、ソフトボール 卓球ばかりしていた。
しかも毎日だ。
駄弁っては遊んだ。
日曜日だって登校? していた。

そのお陰で(?) 津島杯(校内運動大会)で、
わがクラス わがチームが、卓球団体戦 優勝した。

夏休みが終わった或る日
模擬試験の成績表をもらって大慌て!
株の暴落じゃないけど 成績の暴落だった。
暴落しなかったのは、濱田教授だけ。
「お前 いつ 勉強しよんじゃ!?」

JP博士 「こななことしよったら いかんノー」
みんな真剣になった。
もう秋だ。

そんなことが、ふと 思い出された。
懐かしきかな 高校時代の夏休み だ。 

ひとり旅

8月21日(金)

ひとり旅しか出来なかった俺が
団体旅行をしてしまった

勝手な想いで 歩いたが
ひとり旅しかしていないので
風の吹くままだ

右か左か 自分で決めて
ひとり旅しかしていないので
別れ道には悩んだりした

多くの人達に迷惑をかけたようだ
ひとり旅しかしていないので
雨が降った

夢でblog
中村八大     永六輔 
NHKバラエティー 「夢で逢いましょう」
「♪ 遠くへ行きたい ♪」 コンビ

猛暑に雷が鳴り
ひとり旅しかしていなiいので
オリオンは雲に隠れた

残ったものと言えば
ひとり旅しかしていないので
淋しさだけだ

結構 懸命に やったが
ひとり旅しかしていないので
何も残らなかった




陽は沈んだが
また陽はのぼる筈だ
また違うひとり旅に出掛けよう

そうだ
明日の朝
ひとり旅に出掛けよう

志士丸会・「滑稽食堂」

8月16日(日)

高校時代の同級生で 「志士丸会」と称し、集まっては騒いでいる。
先般は、長崎くんだりまで行って、騒いだ。

8/12(水) わが滑稽食堂にみんな集まった。

東京から
眼科医 浜畑君。
ラストフライトを終えた パイロット 河内君。
(彼のお疲れさん会でもある)
医療器具販売 千葉ちゃん。
1級建築士 原敏君。
コマツ関連企業 中山君。

大阪から
道路公団関連社長 亀ちゃん。
会計士 加地君。
慶応医学賞の医学博士 濱田君。

そして地元 歯科医 山本君
更に サプライス招待として 畑君の奥さん。
(畑君 この会の主宰者で、7年前 他界した)

私を含め11名の賑やかな酒宴になった。

志士丸食堂1blog

夕刻5時前 走れメロスの如く、全員集合し、
再会を期し、まずは生ビールで乾杯をした。

田舎の大衆食堂 ゆえ たいした料理はないが、
歓待する気持ちは十分にある。

お開きになったのは、10時。
延々5時間 騒いだ。

呑んで笑ってはしゃいだが、テーマは何だったか?
最後に記念撮影をした。

志士丸食堂blog
後ろの柱時計は10;10を指している

メンバーの岡山大学 JP博士の快気祝いが、この宴会の目的だったが、
退院が遅れ、残念ながら参加できていない。
たらふく生ビールを呑まそうとしていたのに・・・

快気祝いは後日 ということで、別れを告げた。

それにしても、都会勢 運賃払って、時間さいて、ホテルをとって、
わざわざのお出まし ありがたい。
いい仲間である。
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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