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滑稽食堂 ① 「思い付き」

4月29日(水・昭和の日)

ほんの思い付きで書いたブログ文章 「日曜食堂」が、現実になりそうだ。
ビッグコミック オリジナルの「深夜食堂」みたいな店がエエナーと思っていた。

私は、元来 グルメでもないが、ガキの頃から ”喰い意地の張った” ガチだった。
(ガチ = 方言 いつも空腹の いやしいガキ)
私の育った時代は、まだまだ 飢えた時期だった。
今のような 飽食じゃなかった。

そんなことは差し置いて、洒落で 「食堂 作りたいなー」なんて思ったのだ。
身勝手な 店で、言わば 自分自身の”呑み喰いスペース”の確保だ。
オッサン オバハンのたまり場だ。

がらくた・骨董「滑稽堂」は、私の ”棲み家” ”隠れ家”だ。
音楽を聞きながら、煙草に火をつけ、本を読む。
チェロの稽古場でもある。

違った意味で、違った感覚の場所が欲しかった。
滑稽堂に食を入れれば、滑稽食堂になる。


100%冗談で、そんな話をしていたら、
知人の松岡さんが、「ほんだら 貸してやる」 と、彼のビルの一角を貸してくれた。
鉄骨3階建てのビルの1F 1/3のスペースだ。
数年前まで、友人の木谷氏が、喫茶をやっていた場所だ。
町議選では、友人の小川氏が、選挙事務所にした場所だ。

カトレアビルblog
カトレアビル 3階建て
1Fの左側が 滑稽食堂

その気になった私は、そのつもりで、造作にかかった。
電気 水道工事を、仕事の合間合間にした。
大工仕事もそれなりに出来るので、やった。
3月からお借りして、もう2ケ月になる。

エッセイ集 「滑稽倶楽部」 出版 
佐柳島の 「滑稽庵」
そして、 がらくた・骨董 「滑稽堂」と
「滑稽」と名付けると全て損をするが、
敢えて 日曜食堂 改め 滑稽食堂にした。

これから、ブログでは、「滑稽食堂」が続く。
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息子の結婚指輪

4月28日(火)

あれは、3月の中頃だったかな。
月曜日の朝1番だった。
取引工場の担当者さんから、私の携帯が鳴った。
「息子さん 指輪 落としてない?」

息子に聞くと、失くして 捜していたそうな。
指輪とは言っても、そんじょそこいらの指輪じゃない。
おそれおおくも 「結婚指輪」だ。
新婚 3ケ月にも満たない。

「お前 結婚指輪 落としとらんか?」 
「何で 知っとん?」

「こうこうこうや」 と言うたら、歓喜して あわてて、すぐ取りに走った。
帰って来て、「よかった」を連発した。

息子の指輪blog
息子の結婚指輪
「ブログに書くキン」で撮影

その後、私も担当者さんにお礼に行った。
上司の方にも挨拶した。
前日 日曜作業の際に落としたようだ。

見つけてくれたのは、若い女性従業員さんだった。
朝礼をして、ラジオ体操をしていた時のことだったらしい。
男性だったら、気にもとめず、そのままだったかもしれない。

したことのない 慣れない指輪なんか、
私 「指輪やせんと どっか 引き出しにでも しまっとけ」
  「俺や したことがない」
  「引き出しに 36年間 しもたままや」

その後、息子の手を見ると、また指輪をしている。
いずれ そのうち また 失くするに ちがいない。

海のテラス 「開墾」

4月27日(月)

瀬戸芸 高見島 「海のテラス」の野村君から、メールが入った。
先般から、会場の中塚邸横の藪を開墾しているらしい。
私は、ズーッと日曜仕事が入っているので、参加出来ていない。

彼の構想は、高見島の地に、葡萄を栽培し、ワインを造りたいらしい。
温暖な南からの太陽を浴びて、
瀬戸の潮風をうけて育った葡萄でワイン・・・発想がいい。

NHK朝ドラ北海道・余市の 「マッサン」ならぬ、
多度津沖・高見島 野村正人(まさひと)君の「マッサン」かな。
オッサン じゃない マッサンだ。

開墾1blog
開墾するスタッフ

開墾2blog
向こうに 中塚邸 母屋と離れ

さらに ピザ釜も作り、ピザとワインだそうな。
イタリアン料理に舌づつみを打ちながら、海のテラスから蒼い海を眺める・・・
おしゃれー!

イカの塩辛に熱燗徳利好みの 俺みたいな オッサンには、場違いな気がするが、
そななこと 気にしないのが、オッサンのおっさんたる所以だ。

長期計画になるが、トライしていく野村君 スタッフ達に拍手だ。
失敗しても ええーよ。

チャレンジしなければ、失敗はない。
失敗は、挑戦した証しである。

腰巻作家

4月26日(日)

本に巻いてある推薦文を、”帯” とか ”腰巻” と言う。
私が、2006年に出版したエッセイ集 「滑稽倶楽部」の 腰巻は、
金沢大学の山本博氏に依頼した。
現 同大学 副学長だ。

腰巻blog
見事な腰巻

洒落っ気のある彼が、「腰巻作家として 精一杯 書く」と 快諾してくれた。
で、送られてきた文章が下記だ。


     「滑稽 = 健康 の方程式」

わが友 原哲の ”鳥の歌”

四国の多度津にはノスタルジアがある。陽気な仲間が集い、笑い、豊かな人生を送っている。
これ以上のぜいたく 健康はない!
原哲が旅をすると、まるで愉しいことや、美しいもの、おいしいもの、いい人々が自然に向こうから
歩み寄ってくるかのようだ!
一見「滑稽」にかかれているけど、原哲の詩人の魂が流れている。
嘗て カタロニア生まれのチェリストが弾いた「鳥の歌」のように。

                金沢大学医学部教授   山本 博



詩的で 無駄なく、 的確で 洒落ッ気あり。
まさしく 「滑稽なる」 文章だった。

医学者でありながら、詩人 音楽家 美術家の魂を持った人物だ。
この”腰巻”で、売れる! と思ったが、現実は厳しかった。

地元書店に並んだが、期待通りには売れなかった。
展示販売期間が短かった所為もある。
第2版 第3版と増刷する予定だったが、初版のままの状態である。
所詮 文筆では儲からない。
ハッハッハ

宮沢賢治にしても、初版は売れなかった。
原哲だってしかり。

私の本の内容はともかく、腰巻の出来は、抜群だ。
「滑稽 = 健康の方程式」 ・・・ 見事なコピーである。 


またも日曜日がやって来た。
日曜仕事に出掛ける。
副業の電気屋作業だ。
息子は、久しぶりに休日にした。

母の写真

4月24日(金)

母の4回忌のことで、フェイスブック上で盛り上がっている。

横浜の妹が、母との写真を投稿した。
私は初めて見た写真だ。
妹は、私より5歳下なので、おそらく昭和33年頃かな?
巨人軍の長島選手が、立教大学から入団した頃だろう。

母1blog
昭和の よき時代 30年代


そのことに呼応するかのごとく、弘前の兄が写真をアップした。
同じく見たことのない写真だ。
私は昭和25年 夏生まれなので、25年末か26年正月明けくらいだろう。

母2blog
左で だっこされている赤ん坊が私
右 理髪そうなのが兄
母の髪型は まるで サザエさん

どちらも 親父自慢の二眼レフカメラで撮影したものだろうと、思われる。
カメラの上から覗くタイプで、画像が逆さになって見える。
このカメラ がらくた・骨董「滑稽堂」で、未だに所蔵している。

いやあー こんな 写真見ていると、時の流れの早さに、驚いてしまう。

家族って何だろう?
人生って何だろう?
人間って何だろう?

今日の仕事は、息子とエアコン工事である。
文句 言い合いながらの作業である。

そう言えば、亡くなった親父とも、文句 言い合っていたなあー・・・・
母とも よく喧嘩したもんだ。
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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