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倉敷へ 「蕎麦逸話」 志士丸会

10月31日(金)

大原美術館前で、有料ガイドさんをお願いした。
歳の頃は70歳くらいの男性。
リターヤー後の趣味のような町歩きガイドさんだ。
実に元気だった。

ガイドさんだけあって、詳しい。
聞いた話である。

大原美術館 右隣が喫茶”エル・グレコ”
その隣に信州蕎麦”あずみ”がある。

大原孫三郎氏の長男 総一郎氏は無類の蕎麦好きだった。
全国旅して、たどり着いたのが、信州松本の蕎麦屋”あずみ”だった。
この店を倉敷にスカウトしたそうな。

ガイドさん 「10時になると 大原家の仏壇にお供えします」
       「あずみの蕎麦を運びますヨ」
何十年も 毎日毎日 供えているらしい。
総一郎氏が亡くなって50年近くになる。
美術館の前 倉敷川を渡れば、大原家だ。

10時になった。
お盆に蕎麦を持ち、女性が目の前を歩いて行った。
ガイドさんと挨拶を交わした。
「こんにちは」

蕎麦あずみblog
左手 お盆に蕎麦を運ぶ 女性 女将さんかな?
大原美術館前で

雨だろうと、風だろうと、休みだろうと、1日も欠かさず、
大原家の仏壇にお供なえしてる。
代が変わろうとも、総一郎氏の恩義に応えているのだろう。
いー話だ。
ガイドさんなしでは、絶対に知ることのできない逸話だった。

次回は、是非とも、”あずみ”で蕎麦を手繰ろう・・・

最後に1句
 ※ 蕎麦供なえ  倉敷川を  五十年
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倉敷へ 「美観地区へ」 志士丸会

10月30日(木)

倉敷から帰った日、
ヤツ 「何処 泊まったん?」 「何 食べたん?」 「何処 行ったん?」
私 「ほっとけ  ブログ 見たら 判るワ」



前夜・深夜 岡山大学 JP博士の襲来で、寝不足だ。
まだ、酒が残っている。

朝 ホテルの”簡易朝食”を喰った。
簡易だが、質・量ともいい。
充分だ。

東京の原敏君は、仕事の都合で東京へとんぼ返りだ。
大阪の亀ちゃんは、大阪丸高会があるので、同じくトンボ帰り。
二人とも一夜の為にやってきた”走れメロス”である。

二人が居なくなって、淋しいが、7名で散策に出掛けた。
左に曲がれば、美観地区。
右に曲がって、大橋家住宅を見学した。

昨夜 この前を通った時 歯科医・山本君が「見たい」と云ったらしい。
豪商の住宅で、立派に保存されている。
古民家好きの私は、こういうの大好きだ。

奥の和室は書斎だ。
部屋は全て和室・・・当たり前だ。

筆持つ教授blog
書斎で筆を持つ 濱田教授
リュックを背負ったまま

膳に向うblog
広い台所で、お膳に向う私
何か仏壇に焼香してるみたい

蔵の中には、高橋由一 画の当主肖像画があった。
いい建物だった。

”七人の侍”ならぬ”七人の志士丸”が、
美観地区へ ボチボチ そぞろ歩いた。

倉敷へ 「部屋へ帰れ!」 志士丸会

10月29日(水)

倉敷行きからもう10日も経つが、いまだに倉敷のことが続いている。
まだまだ続きそうー。



ピアノトリオの2次会も終わり、志士丸たち9名 ホテルへそぞろ歩いた。
夜の倉敷 いい感じだった。

岡山大学 JP博士 「もう1軒 あかちょうちん 行こー」で、付き合った。
大阪 K君 多度津 Y君も付き合ったが、
「もー 寝るワー」で途中退散した。

他の仲間たちは、ホテルのロビーで3次会をしたようだ。

私とJP博士だけが、ねばく、ひつこく、だらだらと呑(や)った。
この店 ご主人が岩手出身のようで、
壁面に、マジックインキで、宮澤賢治「雨ニモマケズ」を書いてあった。
賢治ファンとして 嬉しい。

長州の銘酒 獺祭(だっさい)を呑(や)る。
獺祭 JP博士 初めてらしく 「めちゃ うまいノー」
追加注文したが、品切れで、もうない。

「もう帰ろ」
ホテルに帰ったが、JP博士 「部屋で一杯 呑(や)ろー」と、
缶ビールを自動販売機で買って、私の室へ来た。

吾輩も酔っているが、酔っぱらいは、しつこい くどい。
もう 12時過ぎている。
もう眠い。
普段は10時には、布団の中だ。

「もう 部屋に 帰れ!」と言っても帰らない。
「俺 もう 寝るゾ」
「寝たら ええーヤン」

ふざけるJPblog
私の部屋のベッドで ふざけるJP博士

「一緒に寝るか」
「いやや アホ言うな」

「ほんだら 部屋へ帰れ」
「グドグド グズグズ ハッハッハ」

何だかんだと、部屋へ帰ったのは、1時に近かった。
陽気な奴だ。
あんきな奴だ。
高校時代と変わらない。

最後に1句
 ※ もー帰れ  眠むたいんじゃ  煙草ない

倉敷へ 「2次会 ジャズ」 志士丸会

10月28日(火)

割烹「てん平」では、盛り上がった
喰いきれない料理を尻り目に、2次会だ。

美観地区 アイビースクエアー近くのショットバーへ大将が案内してくれた。
古民家を再生したジャズ酒場だ。

入店すると、もうすでにライブをやっていた。
ピアノ ウッドベース ドラムスのトリオ演奏だ。
ボサノバっぽいナンバーだが、曲名は知らない。
ハイセンスの都会的な店だ。
おっさん9名も、静かに聞き入った。

倉敷での2次会がジャズだとは、予想だにしていなかった。
”小野ハンナとジャスト・イン・タイム”というトリオだ。
ハンナさんはピアノを弾き、ボーカルも担当だ。
狭い室内での、ライブーいい雰囲気だ。

小野ハンナblog
ボサノバの小野リサなら知ってるが
小野ハンナ 初めて いいプレーヤーだ

ロバートブラウンblog
店の立て看板
トランペッター 日野皓正さんも飛び入りで来るそうな
ロバートブラウンのオンザロックを注文す

昼の倉敷もいいが、夜の倉敷・・・もっといい。
夜の倉敷 訪ねたの 初めて。

9人で夜の倉敷を、そぞろ歩き、ホテルへ帰った。

その昔 名画座「倉敷東映」へ、度々来ていた。
映画「砂の器」「飢餓海峡」「天国と地獄」「黒シリーズ」
「幸せの黄色いハンカチ」再び観たのも、倉敷東映だった。
馴染み客になって、毎年 年賀状を頂いていたが、
最後まで名画座として、頑張っていたが、閉館してしまった。

丁度 泊まったホテルのすぐ裏手にあった。
今では別の大きなホテルが建っていた。

最後に1句
 ※ 千鳥足  夜の倉敷  常夜灯

倉敷へ 「割烹 てん平」 志士丸会

10月26日(日)

懇親会は、美観地区を西に曲がり、
疎水に沿って歩くと、閑静な場所だった。

店名 「てん平」と言い、右側に、カウンター8席くらい 左に20名くらいの座敷があった。
いい感じの割烹だ。

岡山大学 JP博士の馴染みらしく、大将も奥さんも彼を「ちゃんづけ」で呼んでいた。
「なかなか エー店 知っとるやんか」
「コンパでよく使うンヤ」

東京の建築設計士 原敏君が、いつも持参する写真
(先に逝った H君と T君)を飾り、
2つのコップにビールを注ぎ、みんなで乾杯だ。

話は、ゴルフのこと 仕事のこと アホな失敗談に ダジャレが噛む。
あまり家庭内のことや、年金のことは話題にのぼらない。

そうそう、大阪大学 大学院 濱田君の”慶応医学賞” 受賞のお祝いの乾杯もした。
授賞式の日 記念講演会に、仕事の段取りが付けば、
私も東京まで行こうか?と思っている。

幹事のJP君 馴染みの店なので、料理がすごい。多い。
食べきれない。
「よーけ あり過ぎるノー」

備前ノドグロblog
備前焼の熱燗  脂ののったノドグロ

刺身は秋鰆とヒラメ 和風ローストビーフ 和風サラダ ノドグロの焼物。
鯨の生尾の身ー稀少食材だ。
他にも よーけ あったが、思い出せない。
〆はアユご飯にマツタケ吸い物 そしてデザート。

倉敷の夜 時は賑やかに流れていった。

てん平でblog
9人の志士丸たち  「てん平」にて

倉敷 てん平 いい店だった。
近くにあれば、馴染みの店にしたい店だ。

最後に1句
 ※ なまこ壁  疏水を歩けば  割烹や
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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