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滑稽カフェ「さんざん」

9月30日(火)

小椋桂 「♪ 愛燦々 」 じゃないが、滑稽カフェは「さんざん」だった。
もう2ケ月前のことだ。

花火大会 前日から段取りをし、
会場の電気工事をして、明るくした。
鋼管柱×3本建てて(同級生 N工務店君応援)
700W水銀灯を4灯 100W 20W電球×70ケつけた。

テント×4張り おやじバンド用にも スタッフがステージを作った。 
幼稚園児たちが制作した灯篭を、あまた吊るした。
会場設営に、暑い時間を費やした。

滑稽カフェの食材もしかり。
友人の 池田 さんは、魚介類を調理し、熱を通し、味付けをした。
飲み物のビール ジュース お茶は、海のテラス 野村君の実家「野村酒店」に発注した。
BBQの肉は、同じくスタッフの岡山さんに段取りしてもらった。

ところが、台風12号の雨で、全て おじゃん。
「さんざん」だった。

俺がやってきたこと・・・何やったんや?!

でも、土曜日 夜 雨の中
スタッフだけで、一杯 呑(や)った。

ワイワイガヤガヤ ビールはすすんだ。
販売用に缶ビール 240ケ 用意していたので、呑めども飲めども減らない。
BBQも喰えども 食せども 減らない。

雨の夜は、ジメジメと暮れていった。

滑稽カフェ電柱blog
滑稽カフェ会場 照明用に建てた鋼管柱を抜く 3本
息子 撮影
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親父コーナー

9月29日(月)

がらくた・骨董「滑稽堂」をやっている。
店がオープンしない店である。
下手なチェロの稽古場にもしている。
夏の繁忙期なんざ1ケ月間 1度も立ち寄らなかった。

父親の7回忌(酔芙蓉忌と名付けている)が、終わり、
遺品を整理していた。

親父は骨董好きで、焼物を中心に相当な数 コレクションしていた。
香炉 絵皿 ぐい呑み 壺 掛け軸 象牙の細工物 土鈴 
いわゆる書画骨董だ。
もちろん”がらくた”も多々ある。

備前 伊万里 有田 志野 萩 砥部 九谷 織部
多治見 常滑 二六 唐津 瀬戸 大樋 と、
色々ある。

全てを、「滑稽堂」に持ち込んだ。
そして、”親父のコーナー”を作った。

親父コーナーblog
親父コーナーの1部

滑稽堂 ただでさえ、がらくたで溢れているのに、ほぼア・クオーター(1/4)増えた。
棚がなく、増設した。
あまりの多さに、今回 処分したものも多い。

親父コーナーには、高価なものがかなりある。
私は、60基の柱時計以外 拾った物 貰った物が殆どだが、
親父は金銭を叩いて購入している。
センス 趣味もなかなかのもんだ。

親父コーナーを増やしたことに依り、
滑稽堂が重厚に充実した。
骨董屋らしくなってきた。

最後に1句
 ※ がらくた屋  おやじの遺品で  格あがる

彼岸に墓掃除

9月28日(日)

彼岸中日 9/23(火)は休日にした。
お盆以来の休みにした。

朝1 ヤツと岳父の墓参に行った。
実家は香川県西部 観音寺市豊浜町にある。
山の裾野に位置するから見晴らしがいい。
お墓から彼方に海が望める。

秋晴れの快晴だ。
JA多度津で買い求めた仏花を添え、手を合わせた。
私 「義理 果たしたゾー」


帰宅し、父母のお墓へ行った。
家から近くの勝林寺にある。

ヤツ「お墓 掃除して」
私 「汚れてないのに ええーん ちゃうん?」
それでも ヤツは掃除をし、献花し、線香に火を付けた。

ヤツ墓掃除blog
お墓を水洗いするヤツ

私 「お前も ちゃんと 義理果たすノー」
秋分の日のことである。

今日は日曜日だが、休めず、今から仕事に出掛ける。
今日も朝からいい天気。
秋晴れが続いている。

最後に1句
 ※ 休んでも  一日速い  秋の空

母の同窓会

9月27日(土)

母が逝って、2年半が過ぎた。
4月に、3回忌も終わった。

母の遺品を整理していると、「同窓会」の写真があった。
写真下には、テロップが印刷されてある。
”四箇小学校 昭和20年卒 同窓会”
”H6年 8・14 於 やのけん会館”とある。
母は最前列 中央に座している。

母の同窓会blog
前列 左から5番目が母

これは、”教え子”の同窓会で、「恩師」として招かれたものだ。
私の記憶にある。
母  「同窓会 行ってくるワ」
私  「ええー 教え子の・・・?」
そんな会話をした覚えが、昨日のことのようにある。
母の横には年老いた二人の男性教師が座っている。

どう見ても、母と同世代の、人達の写真にしか見えない。
普通の同窓会の写真にしか見えない。
むしろ、母が一番 若々しい。
”手前味噌”だが、「かあーちゃんが一番 若い!」

母は、戦前 教師として、多度津 南部 四箇(しか)小学校で教師をしていた。
近くの農家に下宿をした新米先生だったのだ。
石坂洋次郎の小説に出てきそうな世界だったのだろうか?

母は、丸亀女学校から坂出女子師範(今の香川大学教育学部)を出、
国民小学校の教師になった。
さほど、歳の違わない子供の面倒をみたわけである。

思えば、昔 母のことを「先生」と呼ぶ、おじさん おばさんが、居た。
子供心に、「何か変だなあー」と思ったことが何度もあった。
数年の教師生活だったが、母は”先生”だったのだ。

その後、父と所帯をもち、私の母になるわけだ。
電気屋のおばはんになるわけだ。

恩師として撮った この写真 1枚しかない。
捨てるわけにはいかない。
”永久保存”しておこう・・・

最後に1句
 ※ 恩師とし  同窓写真  座る母

牛とマツタケ

9月25日(木)

”兄貴分”と、私が慕っている 濱田さんは、歴史家で、映画評論家である。
とりわけ 戦国 明治維新に詳しい。
時代劇に造詣が深く、小津作品 黒澤作品にも詳しい。
池波正太郎ファンでもある。

その他 何でも知っている。
「エエー そななことまで知っとん?」という言葉が、私の口からよく出る。
本業は散髪屋さんである。

私のエッセイ集「滑稽倶楽部」にも登場する。
「水の西条の水」というタイトルの文章に登場する。

10日前、彼の家に招待を受けた。
「一緒に 晩飯 食べヨー」
「OK オッケー」で、ヤツと勇んで行った。
高校時代の同級生 藤保君も、夫婦で招待を受けていた。

奥様の手造りサラダが、前菜だ。
まずは、キリン瓶ビールで「かんぱーい」

話が弾む。
ビールが進む。
笑い声が絶えない。
6人で、ワイワイがやがや。

鍋が用意され、牛のシャブシャブだ。
マツタケがある。
その横には魚介の寄せ鍋がある。

牛とマツタケblog
霜降り牛    松茸

薄切りマツタケblog
マツタケ

盛りだくさんのご馳走を頂いた。
笑って、喋って、呑みに呑んだ。

私には熱燗 ヤツには焼酎が用意されていた。
充分に、 いや十二分に、 いやいや 十五分に呑んだ。

〆は松茸ご飯だったが、食べきれなくて、お持ち帰りだ。
牛肉も残り、持ち帰った。

翌日、塩 胡椒のみで、高級肉を軽く焼いたら、絶品だった。
松茸ご飯 美味い!
もっともっと欲しかった・・・

今度は、いずれ わが家で、お返しだ。
マツタケはないけれど・・・
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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