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倫敦屋酒場(ロンドンや バー)

4月30日(火)

金沢に倫敦屋酒場という洒落た名前の名店がある。
金沢の繁華街 片町にある。
その筋では、有名店で、雑誌 本などで知ってはいた。

SINCE 1969年といえば、私が金沢大学に入学した年である。
貧乏学生だったので、バーなど行ったことがない。
当時は、せいぜい居酒屋どまりで、奨学金がまとめて入った時 鮨屋だった。

サントリー「洋酒天国」の作家 山口瞳氏 絶賛の店である。
アンクルトリスの画家 柳原良平氏の絵が、この店のコースターになっている。

アンクルトリスblog
記念に持ち帰ったコースター

7年前 ヤツと義姉と9月初め 富山へ「風の盆」の旅に行った。
多度津の旅行会社 サントラベルの企画旅行だった。
どうしても行きたかった旅である。

「風の盆」を歩き、富山 八尾から宿泊先の金沢に着いたのは、深夜だった。
それから、倫敦屋酒場へ行った。

大人のバーで、シックな店内は、都会的で、洗練されていた。
カウンターで静かに呑んだ。
店主は、蝶ネクタイに黒いベストを羽織っている。
いわゆるバーテンダーである。

少し話をするうちに、親友の金沢大学医学部 Y 教授の話題になった。
教授と店主とは旧知の仲だったのだ。
それからの店主の対応が、いい方向に変わった。
”Y 教授の威力”を感じた。

薄切りローストビーフ 何枚か余分にサービスしてくれたような気がした。 

帰り際には、店主の出版本 エッセイ集「世紀の2枚舌」を頂いた。
この本 滑稽で、面白かった。

”お返しに”私のエッセイ集「滑稽倶楽部」を後日 送ったかな?。
いいバーであった。
近くにあれば、度々 行くのに・・・

「風の盆」の旅での ひとつの想い出である。


この連休に 金沢へ旅する。
倫敦屋酒場 立ち寄る機会があるかな・・・
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そば焼き

4月29日(月 昭和の日)

お好み焼きは、どこでも「おこのみやき」だが、
”焼きうどん”とか”焼きそば”と云うが、
多度津では、少なくともわが家では、”うどん焼き””そば焼き”である。

カレーライスとライスカレーの違いは・・・?
早慶戦と慶早の違いは?
様々ある。

たいした問題じゃないが、わが家では「そば焼き」だ。
”ラーメン焼き”なのだが、”蕎麦焼き”でなく”そば焼き”だ。
「ラーメン焼きなのに そば焼きとは これ如何に」

そば焼きblog
紅白のかまぼこ入り
紅白なので おめでたい

私の流儀は「必ず かまぼこを入れること」である。
紅白のかまぼこを薄く切って、豚肉と同時に塩 こしょうを振り炒める。

ころあいを見定めて、キャベツを放り込む。
時には、もやしがあったり、青ネギがあったりするが、
基本は豚肉 かまぼこ キャベツだ。

べったり「おたふくソース」をかけ、出来上がり。
これが 旨いんんだー。
ばたくさい味が食欲をそそる。

母の1周忌・車のナンバー

4月27日(土)

ブログで、母の1周忌のことが何日も続く。
私の絵日記なので、しゃーない。

法事はヤツが全て段取りし、私はただ呑んで喰っていただけだ。
事前準備から支払い 後始末まで 全部ひとりでやっている。
よくやっている。


だいぶん前のことだが、安物の車を”衝動買い”した。
謙遜して言うのじゃない。
ほんま安かった。

義兄が廃車にしようとしたクレスタを貰って、4~5年 乗ったかな。
その車が、パーになった後のことだ。
(パーになる 方言かな = 使い物にならなくなる)
衝動買いの車 隣の自動車屋さんに展示してあった車である。

TOYOTAのカリブと言う名だった。
登録する際、車のナンパープレートの番号を好きな数字に選択できる。
777とか333は厭だ。
誕生日 結婚記念日などもっての他だ。

「何でもエエー」と言ったが、担当者は、「決めて下さい」と、困惑していた。
「ほんだら」 と 母の命日にした。

したがって、私のボロ車のナンバーは、「・422」である。

422blog

元来 私は自動車に全くこだわりがない。
「動けばいい」と思っている。
「車は下駄だ」と思っている。
(銭 ないケン 高級車を買えんので・・・)

元来 自分の車のナンバーは覚えていない。
でも、このカリブだけは別格である。
車に乗るたびナンバーを見るので、母の命日を忘れることがない。

ちなみに、娘と息子が乗る車(トヨタ ラクティス)のナンバーは、
父の命日の「・910」である。
これは新車購入だった。

910blog

最後に1句
 ※ 車見て  父母の命日  確認し

母の1周忌・妹は横浜へ

4月26日(金)

日曜日 母の1周忌法要を終え、その日のうちに、義弟(妹の亭主)は、すぐ帰った。
横浜へは5時間半くらいだ。
仕事が忙しいらしい。
多忙の中 遠方より よく来てくれたものだ。

母へのお供えもたくさん貰い、
旅費もたくさん使い、
わざわざ来てくれた。
ありがたい。


母の1周忌も無事終わった。
私は、何もしていない。
全てヤツが手配し、ヤツが仕切った。
私は、ただ居るだけ。

亭主が先に帰った後も、妹はひとり、余分に滞在した。
この機会に、地元の友人と再会したようである。
こういうチャンスに旧友と会うのもよし だ。

丸亀城や猪熊弦一郎現代美術館へも立ち寄ったようだ。
いい いい。
故郷をたまに実感すること いいことだと思う。

帰省した日の夕食は、家族全員で観音寺の「文ちゃん」へ行った。
私の大好きな”大型”大衆食堂である。
観音寺在住の義姉夫妻にも声をかけ、総勢8名での楽しい晩飯となった。

2~3日はあっという間に過ぎ去り、妹は横浜への帰路についた。

横浜へblog
私もメタボだが
肥えて”ご立派な”妹の後ろ姿

後ほど、妹からヤツにメールが入った。
ヤツ「みさちゃん(妹) 風邪ひいたみたい」
  「疲れが出たんでしょうーネ」
  「39度も熱があるようーヨ」

妹は私より5歳下だが、もう若くはない。

母の1周忌・電動カート

4月25日(木)

母は、元来 活動的で、よく動いた。
女性が車の運転をすること、今ではあたりまえだが、昔はそうじゃなかった。
多度津では、女性で2番目に運転免許を取得した。
「おなごが 運転しよるガー」と言われていた。

社交家で、友達も多かった。
あっちこっち行って、よく遊んだ。
家の中にすっこんでいることは、殆どなかった。

ところが、晩年は足が弱って 歩きずらくなっていた。
運転免許証も返上した。

その後 外出の際は、電動カートを使っていた。
好きなカラオケ喫茶へ歌いに行く時、
行きつけの喫茶店へコーヒーを飲みに行く時
電動カートで行っていた。

このカート 何年も母の家に置いたままだった。
久しぶりに(2年以上)充電して動くように調整した。

そして、1周忌の日 私の移動に使用した。
家~母の家~お墓~日本料理 花瀬~家までの帰宅に使った。

ガキのように”さいあがって”(方言=舞い上がる ニュアンスちょっと違うが)
うれしげに乗った。

電動カーblog
店の駐車場で

私が黒の礼服 黒ネクタイでカートに乗っていると、
道行く人たちが、”変な眼”で見ている。
知人が「どしたん?」と声を掛ける。

ふざけて乗っているだけだ。
母の法事なので、母の”愛車”に乗っているだけだ。

「歩けんのかと思もた」と言う人もいた。

電動カート 結構面白いものだ。
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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