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母の記(2)

1月31日(木)

母が、四箇村(しかむら)国民学校の教師をしていたのは、3~4年間のことのようだ。
町村合併して、今の多度津町立四箇小学校である。

四箇の T さん宅へ仕事で行くことがある。
代替わりして、今は息子さんが後をとっている。
息子さんとは言え、もう70歳を超えている。

ここの納屋の一角に母が教員時代 下宿をしていた。
ここから学校へ通っていたのである。
石坂洋次郎の小説に出てきそうな話だ。
(そんなかっこいいことでもないが)

T さんに聞くと、「子供の時やったケン はっきり覚えてない」
「けど 先生が居た記憶はちゃんとある」と云っていた。

四箇地区のお年寄りの中には、母のことを今でも「先生」と呼んでいる人がいる。
わが店のお客さんの中にも、母の”教え子”が何人かいる。

教師時代blog
四箇村国民学校卒業写真
前2列目 左4番目 教師として立つ母


忘れられない逸話がある。
母が、教師に成り立ての頃、若かった所為もあって、
遅刻の常習犯だったらしい。

あわてて学校に行くも、既に運動場で朝礼をしていて、
こそっと先生の列に紛れ込んでいたそうな。
それも何度も何度も。

私の友人 O 氏の亡くなったお母さんもしかり。
二人とも遅刻の常習犯だったそうな。
「なるほど」と変に納得出来る話である。


もう15年も前にもなろうか。
四箇国民学校の同窓会があって、母は”恩師として”招待された。
私の知っている”教え子”の名前を聞いてびっくりしたことがある。
「ええー あのおっさん かあちゃんより年上かと思とった」
「あの おばさんも 教え子?」
不思議な感覚になったことがあった。

それほど、母は年相応でなく 若造りをしていた。
おしゃれをしていた。
実際 気丈だった。
元気だったのだ。

そして、戦後 教師を退官する。
理由は、父と結婚する為だったか?
それとも「一太郎やーいキャラメル」の仕事を手伝う為だったか?
定かでない。
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映画「東京家族」

1月30日(水)

いやあー 泣いた泣いた。
とめどなく泪を流した。

映画は脚本だ。
映画は監督だ。
共同脚本の平松恵美子に、今後注目したい。

静かな展開で、どこの家庭にでもあるお話で、
ドラマチックでもないのだが、ジーンとくる。
巧い映画創りである。

小津安二郎「東京物語」のリメイクじゃない。
真似でもない。
オマージュ(尊敬を込めた作品)として、先輩監督に捧げた映画である。

東京家族blog

名匠 山田洋次監督に対して、はなはだ失礼だが、
田舎の映画評論家として、最高の賞讃を与えたい。

俳優 演技 セリフ カメラワーク ロケ 細かい所を書けばきりがない。
全てによかった。

誰が主演で、誰が脇でなく、
シーン シーンで主役が替わった。
そのシーンの主役がいた。

橋爪功 吉行和子の父母は勿論のこと
妻夫木聡と蒼井優のカップル役がよかった。
脇役 小林稔侍と風吹ジュンの掛け合いもいい。

時間を忘れ観入った。
静かな中にも、静かな音楽が流れる。
私の好きな久石譲が音楽担当だ。

今年 私にとっては、ナンバーワンの映画になるだろう。

雪国の不思議

1月29日(火)

寒い日が続く。
例年より大分寒い。
寒いとは言っても、雪国に比べるとたかが知れている。

私の兄は、青森県弘前市在住だ。
兄のBLOGを見ていると、1mを越す雪の中で暮らしている。

兄貴は、雪のない四国で育ったのに、「どなんしとんやろ?」
不思議で仕方ない。

多度津では、2日前の日曜日 小雪がちらつただけで、
ヤツに「おーおーい 雪やゾー」などと叫んだ。
ヤツ「ほんま 雪や!」と驚嘆の声だ。

弘前の雪blog
弘前の大雪
兄のブログ「風に吹かれて」より拝借

私は電気屋なので、まず電気屋さんのことを思う。
TVが売れて、アンテナ工事 どなんするんやろ?
1mも積もった屋根の上にアンテナ工事 無理だろう。

冷蔵庫内の温度は、5℃位だけど、外は零下だ。
冷蔵庫でなく、温蔵庫と ちゃうか?
ビールだって、外へ置いていたら、破裂するだろう。

新築の電気配線も雪の中 するのだろうか。
それとも、冬の間は、建築工事も中休みかな。

太陽光発電パネル 雪に埋もれて発電しないだろう。

水道工事だって不思議だ。
土を掘る前に、まず1mの雪を掘らなくてはいけない。
地表が見えて、初めて土を掘る。
それから配管工事だ。
残土処理の前に残雪処理をしなければいけない。

電柱からの引込線工事、どなんするのか?
考えれば不思議なことばかり。

三球 照代の「地下鉄漫才」じゃないけど、考えれば眠れなくなる。

もし多度津で、こなな雪 積もったら、パニックになる。

兄貴のBLOG 見ながら、そう思った。

滑稽庵 裏庭

1月27日(日)

多度津沖 フェリーで1時間の佐柳島(さなぎじま)に庵を持っている。
古民家で、借家だが、なかなか居心地がいい。

フェリーが大風で欠航しても泊まれるようにしてある。
昼餉もここで摂る。
エアコン完備 電子レンジにIH調理器があり、オール電化だ。

家すぐ裏に小さな広場がある。
ここは大天宮神社への参道広場であるが、
滑稽庵の裏庭と言ってもいいような場所だ。
先年 酒処「風月庵」の花見をしたこともある場所だ。

先ごろ 仕事で行った時、
広場にある あまたの石神さんにしめ縄がしてあった。
島の世話役さんが〆たのだろう。
信仰心のあるおじさんが丁寧に〆たのだろう。

いい感じだったので、写真を撮った。

石神blog

石神1blog

石神2blog

全部で20ケあまりの 社 石にしめ縄がしてあった。
島の人達の信仰心に手を合わせた。

裏庭と呼ぶにはおこがましいが、裏庭のことである。

最後に1句
 ※ 空蒼く  海の風うけ  石神さん

シクラメンのかほり

1月26日(土)

もう20年も前のことである。

クレーンメーカー「タダノ」(本社 高松市)が、
企画した「小椋佳コンサート」へ行ったことがある。
場所は確か志度町の体育館だった。

「タダノ」の関連会社へ勤める友人の O 氏からチケットを貰い、
ヤツと一緒に行った。

その頃 小椋佳はマスコミに登場することが全くなかった。
唯一 NHKの番組に出たことがあった。
小椋佳はその時 第一勧業銀行へ勤めていたと思う。
したがって、彼が休日の土曜日だった記憶がある。

高校時代からファンで、「♪ さらば青春」以来のファンで、
”顔の見えない”小椋佳に幻想を抱いていた。

そのコンサート トークで、小椋佳の口から、
「北原白秋の詩に倣って作詞をしている」と云っていた。

北原白秋blog
北原白秋

名曲「♪ シクラメンのかほり」は白秋が基本になって出来ている。

タイトルの「かおり」「香り」「かをり」でなくて「かほり」がいい。
小椋佳が奥さんの「佳穂里(かほり)」さんに宛てた愛の讃歌であるようだ。
洒落てる。

残念なことに、シクラメンの花は、あまり匂いがしないらしい。
したがって、香りもしない。
それでも、詩の中では匂ってくる。
詩のいいところ・・だ。


「シクラメンのかほり」
小椋佳作詞・作曲

真綿色した シクラメンほど 清(すが)しいものはない
出逢いの時の 君のようです
ためらいがちに かけた言葉に
驚いたように ふりむく君に
季節が頬をそめて 過ぎてゆきました

うす紅色(べにいろ)の シクラメンほど まぶしいものはない
恋する時の 君のようです
木(こ)もれ陽(び)あびた 君を抱(いだ)けば
淋しささえも おきざりにして
愛がいつのまにか 歩き始めました
疲れを知らない子供のように 時が二人を追い越してゆく
呼び戻すことができるなら 僕は何を惜しむだろう

うす紫の シクラメンほど 淋しいものはない
後ろ姿の 君のようです
暮れ惑(まど)う街の 別れ道には
シクラメンのかほり むなしくゆれて
季節が知らん顔して 過ぎてゆきました
疲れを知らない子供のように 時が二人を追い越してゆく
呼び戻すことができるなら 僕は何を惜しむだろう



川本三郎著「白秋望景」を読むと、
コンサートのことを、昨日のことのように思いだした。
小椋佳が言っていたこと・・・白秋のこと 判ったように思えてきた。
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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