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路上観察「消火器具」

10月31日(月)

昨日 日曜日の雨とは一転して、今朝はさわやかな秋晴れ模様である。
昨日も工場配線工事で、がらくた・骨董「滑稽堂」を開けることが出来なかった。
夜は、琴 尺八仲間「こっけいくらぶ」の面々が集まり、滑稽堂で一杯呑(や)った。


私が育ったのは、多度津の下町 本町だ。
旧地名でいうと、門前町だ。
「電車場」「折下がり」「若宮町」があって「門前町」があった。
若宮町から東に50m行くと、左側に「滑稽堂」がある。
旧地名「仲ノ町」だ。
「なかのちょう」だが、「なかんちょ」と言っていた。

「門前町」に、昔からの薬屋さんがある。
今風にいえば薬局だ。ドラッグストアーかな。
そこの角に、この看板が今でもあるのだが、
消火器を見たことがない。
子供の頃から、いまだかつて見たことがない。

消火器具blog
手書きの消火器具
消火なので赤色

使い古しの消火器でもあれば、「なるほど」と思うのだが。
戦前には消火器が、あったのだろうか?
いや、絶対にあった筈である。

看板だけの消火器置場である。
こういうの 大好きだ。

夜中にこそっと、消火器持って行って、置こうか・・・
いたずら小僧ならぬ、いたずらおっさんは、そう思う。
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ノアの傷

10月29日(土)

数年前は愛車だった「ノア」は主に娘が乗っている。
お世辞にも運転がうまいとは言えない。

ある日、ノアの左横に多大な傷があった。
何かにこすった傷である。

ノア傷blog
写真ではよく判らないが

「どしたんや?」
「ブロック塀でこすった」
「ちゃんとスライドドアー 開くヨ」といい気なもんである。

まあー 人身事故でないし、他人様に迷惑をかけたわけじゃないので、構わない。
が、それにしても大層な傷である。

私は車には無頓着なので、走ればいいと思っている。
格好はお構いなしだが、それにしてもひどい。

ヤツ「修理したら ええがな」と軽い。
我が家の車 全部傷だらけだ。
ノアの擦り傷 大した問題でもないことである。

金沢西茶屋街

10月28日(金)

1昨日 NHK 夜7:30~の番組で、
「金沢西茶屋街」の2人女将のドキュメントをやっていた。
歳老いたにもかかわらず、「金沢おどり」の舞台に向かって、精進する内容だ。
横笛と鼓の演奏である。
ナレーターが女優 藤村志保さんで、ぴったり いい感じだった。

数年前、高校時代の同窓会「志士丸会」で、この店で遊んだことがある。
総勢6名の小さな宴会だったが、芸妓さんは4人いた。
お茶屋の店の名は「美音」で、「みね」と読む。
女将さんは、おん歳 80数歳の女傑である。
横笛の名手である。

もう一人は、お向かいのお茶屋の女将で、
これまた鼓の名手。
心臓病と闘いながら、稽古をしていた。

金沢大学付属病院で教授をしている友人 Y氏の紹介で行った。
私がエッセイ集「滑稽倶楽部」を出版した時だったので、
女将さんが私のことを「先生 先生」と呼んで、私を持ち上げた。
更には、本に「サインをして」とせがまれた。
調子にのって「原哲」とサインをした。
いわゆる「よいしょ」である。
もちろん悪い気はしない。

学生時代 お茶屋の前は通っても、入ることはなかった。

昔ながらの独特なお座敷遊びは、趣がある。
単純ながら、笑らえるし、楽しい。
三味線 太鼓 笛で場は盛り上がる。

金沢西茶屋blog
芸妓さんと 太鼓遊びに興じる東京の眼科医 H君

女将に呼び出され、帳場で一献頂いた。
長火鉢を前に盃を傾けると、「だんさん」になったような錯覚を覚えた。
その帳場もTV画面で映されていた。

2時間程 楽しく騒いで茶屋街を後にした。
ほろ酔い加減で、犀川大橋を渡り、片町から香林坊へと歩き、宿へ帰った。

金沢には東 西 主計町とお茶屋街が3ケ所ある。
いい街である。
学生時代を金沢で過ごせたことは、ラッキーだった。

滑稽堂・干し柿

10月27日(木)

酒処「風月庵」の庭に柿の巨木がある。
今年も多くの柿が実った。
収穫した柿を頂いた。
干し柿にするべく、たくさん貰った。

滑稽堂には中庭 外庭 奥庭と庭が3ケ所もある。
外庭の軒先に吊るして、干し柿を作ろうと作業をした。
工作用の小刀で皮を剥いだ。
少し堅めの柿の方が、干し柿にはいいような気がした。
熟した柿は、どうも皮をうまく剥げない。

しぶ柿blog
剥いだ柿 小刀 熟した柿   

100個くらいのシブ柿を剥いだ。
仕事の合間でするから、3日間かかった。
黒い麻縄にはめ込み、外庭の軒先にぶら下げた。

これで、また ここ=滑稽堂に来る楽しみが増えた。
来る度に、外庭を覗きこみ、出来具合を確かめられる。

うまく出来たら、ご近所さんに配ろうかな。
おせっかい かな・・・

最後に1句
 ※ シブ柿や  風に吹かれて  風味つく

ラヂオの上の赤ん坊

10月26日(水)

1昨日は、半袖のポロシャツのみ。夏の暑さだった。
昨日は、その上に薄手のトレーナー。
今朝は、ジャンパーでも着ようかと思うくらい寒い。
急激な温度変化に、なかなかついていけない。


ラヂオの上に乗った赤ん坊の写真である。
ラヂオは真空管式のナショナル製品。
何がうれしいのか?楽しいのか?笑って、さいあがっている
(方言 さいあがる=調子にのって おどける 舞いあがる様)

頭の変形した、頭でっかちの赤ん坊だ。
四頭身半だ。
真っ裸だが、チンチンは見えない。
全裸のヌード写真である。
恥ずかし!

26年夏

おこがましいが、これまた 私である。
撮影は死んだ親父。
親父の話によると、
昔 この写真を写真コンテストに出して、
何かの賞をもらったことがある と言っていたことがあった。

電気屋だったので、ラヂオの上で撮ったとか。
ナショナルの店だったので、ナショナルラヂオ。
写真の裏面には母親の毛筆で、「昭和26年夏」と書かれてある。
満1歳の誕生日かもしれない。

昨日のBLOGと同じ、両親の家の倉庫にあった写真である。

嗚呼 あの頃はよかった  悩みもなく オッパイだけ飲んでいればよかったのだから。
嗚呼 あの頃に戻りたい。
そして、もう1度 人生 やり直したい。

最後に1句
 ※ 肥えただけ  何も変わらず  還暦に
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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