たどつのかどの

4月23日(日)

多度津商工会議所の会報片隅に、エッセイを連載している。
4月号の文章だ。



           たどつのかどの


岡部さんのコレクションで、多度津の古地図をもらったのは、20年の前のことだ。
昭和9年発刊で、「多度津住宅明細地図」とある。
当会議所の前進 多度津商工会が発刊している。

原図は青焼き図面で、それをコピーした。
85年前を眺めると、多度津の変わり様に興味深々だ。

私の祖父がやっていた建具屋が仲の町にある。
桃陵公園には料亭が数ケ所ある。

古地図blog
多度津の古地図 会報にこの写真はない
大きさ 800×600

当然 浜街道はないし、海浜埋め立て地は、海である。
東浜西浜には旅館 土産物店 飲食店がひしめいている。
旅館は25軒あったそうな。
半端でない賑わいが地図から感じられる。

多度津駅は栄町に移っている。
今の場所だ。
琴参電車の始発駅は、電車場と呼ばれていた。
トンネルを抜けると、お寺以外左右には全く何もない。

港と駅からの道は、こんぴら街道へ続く。
その辻=交差点には、何故かうどん屋さんが多い。
「たろつのかろの うろんやで うろんろっぱい はらろぶろぶ」
という多度津の言い回しが出来たのも、この地図を見れば、うなづける。

最後に1句
  ※  古地図見て  父母(ちちはは)祖父に  思い寄せ
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俺の生まれた家

4月19日(水)

戦後すぐ父と母は結婚し、多度津の中心部に居を構えた。
秋山硝子店の2階での間借りだ。
二人の新婚生活は、卓袱台(ちゃぶだい)ひとつで始まった。

ほどなく、すぐ奥の路地を入った辺りにあった 「くさなぎ酒店の倉庫」 を借りた。
そこに転居した。
住宅ではなく、「倉庫」「蔵」だった。
そこの表に小さな陳列ケースを置き、電気屋の商いが始まった。

商品は、マツダランプ(東芝製の白熱電球)
松下幸之助考案の二股ソケット などだ。

そして、昭和23年 兄が生まれる。
2年半後、昭和25年8月 私が生まれた。

生家blog
70年前と何ら変わらず建っている
この家での出来事 結構記憶にある

この家から、おそらく私が4歳の頃、本町の家を買って転居した。
歩いて1分。
距離では300mくらいだ。
借家でない持ち家に母は「歓喜した」と、よく云っていた。

その時の引っ越しの記憶がかすかにある。
私は子供だか、何故か?1升瓶を1本抱えて引っ越しした。
酒瓶か? 醤油瓶か? はたまた酢瓶か? 定かでない。
酒党の私なので、酒瓶だった可能性が高い。
その頃から すでに私は 「変な子」だったのだ。

その1年後 妹が誕生した。
その日夕刻、私は近くの白鬚神社で遊んでいた。
正敏おじさんが、「赤ちゃんできたゾ」と私を迎えに来た。

くさなぎ君のお爺さんと私の父は仲良しだった。
くさなぎ君のお父さんと私の兄は同級生で、仲良しだった。
私とも仲良しだった。
一緒によく酒を呑んだ。

そして、くさなぎ君と私の息子も大の仲良しだ。
そんなご縁で、この家をお借りすることになった。
「間借り」だ。
父と私 親子2代で お借りすることになった。

私の「遊び場」にしようと思っている。

シャケは生まれた川を登り、生まれた場所に戻ってくるとのこと。
私も60年経って、生まれた場所に戻って来たみたい。

灰皿 処分

4月18日(火)

離煙 断煙 禁煙してから1年が過ぎ去った。
あの日から 1本も吸っていない。

飯の後 酒呑んだ時 仕事で休憩の時、
一服したくなるが、1本も吸っていない。
そんな時は、深呼吸をして、ごまかしている。

自宅 店 事務所 作業場 倉庫 色んな所に灰皿を置いていた。
鉄製 ガラス製 様々な灰皿を置いていた。


息子は、私より随分以前に禁煙していた。
先日 灰皿を殆ど処分した。

灰皿blog
処分した スタンド型の灰皿

未練がないよーな あるよーな
煙草よ さらば 灰皿よ さらばじゃ・・・

離煙1周年

4月16日(日)

煙草から離れて、1年が過ぎた。
45年以上 吸い続けた”たばこ”と別れた。

己自身に禁じてはいないので、いつでも復帰してもいいのだが、
1本も吸っていない。

そりゃ 欲しくなる。
無性に欲しくなる。
ブラックコーヒーを飲んだ時、
熱燗が体に浸みわたった時、
仕事が一段落して、休憩の時、
一服のタバコが欲しい。

そんな時には、深呼吸を2~3回して、
「吸った気分」になって、紛らしている。

煙草を止める前でも、めし 酒 は美味しかったが、
煙草を止めてから、益々 美味い。

めし 酒の量が増えて、肥満が進み、メタボの典型になってしまった。
相撲部屋へ入門しても可笑しくない。
悩みの種になってしまった。

いいこともある。
小遣い銭が、いらなくなった。
毎日2箱ちかい煙草を吸っていたので、
毎日 たばこだけで、800円ちかくの出費があった。
それがなくなると、大きい。

毎朝 ポケットには、手帖と携帯  煙草とライターが必須だったが、
煙草 ライターがなくなり、身軽になった。

携帯blog
ガラ携の携帯 システム手帖

居酒屋 「じゃこ家」でも、周りのお客に煙を振りまくことがなくなった。
家や現場でも、火の心配(火の用心)をすることがなくなった。

私の 「離煙1年 顛末記」である。
でも・・・
「たばこ」 って 結構 いいものである。

片桐のがんもどき

4月14日(金)

前回に続き、丸亀 西本町 片桐豆腐店の”がんもどき”だ。
濱田さんから もろたやつだ。


がんもどき・・・変わった名前だ。
玄人もどき の 素人。
ボランティアもどき の 営利事業。
作家もどき の 物書き。
ちょっと 「もどき」 意味が違うかな?


ヤツが出汁で煮た。
上手く仕上がった。

私 「よー出来とるゾ」
ヤツ 「ありがとー」

がんも1blog
がんもどき 4ケ

おそらく 坂出 鎌田醤油の出汁醤油だけで、
煮込んだだけだろうー。
食材がいいので、”料理屋の味”に仕上がった。
和風そのもので、美味い。
言わば 「ジャパニーズ ハンバーグ」だ。

がんもどきは、豆腐の中にきざみ野菜を入れ、
油であげたものだ。

がんも2blog
ニンジン レンコン は確認できるが、
他にも多種入っているよーだ

次回は このがんもどきを、フライパンで焼き、
胡椒など振り、デミグラスソースをかけ、最後にケチャップをのせ、
がんもどきハンバーグを作ってみたい。

となると、ナイフとフォークで、首エプロンして
喰わねばならぬ。
赤ワインと共に・・・

全く新しい 料理メニューの誕生である。
「カタギリ バーグ」と命名しよう!

最後に1句
 ※ 豆腐から  カタギリバーグ  首エプロン
プロフィール

haratetsu

Author:haratetsu
原哲(はら てつ)

1950年香川県生まれ
丸亀高校卒
金沢大学中退(工学部電気工学科)
洒落集団「滑稽倶楽部」主宰
1999年から多度津商工会議所会報でエッセイ連載中(月刊)
漫才やコントの脚本、川柳、俳句に興じ、尺八を吹き、
チェロを弾く
多度津町在住

※エッセイ集「滑稽倶楽部」 1260円
  2006年12月出版
  お譲りします

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